裁判員は死刑と無期を区別できない
光市母子殺害事件などで弁護団を非難する記事を週刊誌に書いたりして、地元ではおそらく評判の悪いライターである青沼陽一郎さんの新書を読んでみました。
- 作者: 青沼陽一郎
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/07
- メディア: 新書
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ところで、この本には光市母子殺害事件のことも出てくるのですが、メインはオウム事件の被告人たち。著者は、これらの一連の判決を通じて、死刑と無期を分ける分水嶺について想いを巡らせます。林郁夫が無期になって、殺人の実行行為に関与していない被告が死刑になるなど、ちぐはぐだったオウム裁判。検察官が、裁判員裁判の先取りと称して法廷を残酷な劇場にしてしまった江東区の事件。こうした実例から浮かび上がってくるのは、結局は、死刑という刑を下すことの難しさ。
刑事裁判に取り組んでいる弁護士の目から見れば、傍聴人に過ぎない著者の分析には、異を唱えたくなる箇所はたくさんあります。それでも、数多くの法廷を見てきた著者でなければ書けない具体的なエピソードや、傍聴席から見た被告人や弁護士の姿がビビッドに描かれていて、読み物としてはすらすらと理解できます。全体で286頁もあって、新書としては分厚いボリュームの本ですが、読むのに数日もあれば十分ではないでしょうか。
これから、裁判員裁判で死刑が求刑される事件が相次ぐことでしょう。実際に死刑か無期かを巡って、裁判員と裁判官が評議をするシーンも現実ものとなってきます。そのとき、裁判員はなにをどう評価して量刑を決めていくのか。この本を読めば読むほど、裁判員に的確な判断ができるのかできないのか、よく分からなくなってきます。プロであるはずの裁判官の判断だって微妙に揺れていて、つかみ所がなさそうに見えるのですから。
5年後くらいには、この本による続編が書かれることを期待したいです。著者は、現実の裁判員裁判を見て、そして裁判員による死刑判決を見てどのように感じ、何を思うのか。それを弁護士として、読者として、知りたいと思います。