なるしすのブログ

地方の弁護士の日常を,あれこれと書くつもりのブログです。

 カオリンの有罪に異議あり

 本論に入る前に、ほんの数日前にあった別件の裁判の最高裁判決に関する記事を読んでください。

 精神鑑定で統合失調症による心神喪失と鑑定された傷害致死事件の被告の刑事責任能力が争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第二小法廷(古田佑紀裁判長)は二十五日、「精神医学の専門家の意見は、公正さや能力に問題があるなどの事情がない限り、十分に尊重すべきだ」との初判断を示した。
 その上で、心神耗弱だったとして懲役三年の実刑とした二審判決を破棄、審理を東京高裁に差し戻した。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008042602006664.html

 高裁判決をあえて破棄したもので、その先例的価値は高いものと思われます。ちょうど、光市母子殺害事件で、差し戻し後の広島高裁が最高裁判決に尻尾を振ったように。
 では、今日あった、東京の夫バラバラ殺害事件の判決はどうだったのでしょうか。二人の精神科医が、いずれも心神喪失の結論を出しており、裁判所は、検察官からのさらなる鑑定の申請を却下していました。この最高裁判決を素直に読むと、心神喪失で無罪ということになりそうです。

 東京都渋谷区の自宅マンションで06年12月、夫(当時30)を殺害し、遺体を切断して遺棄したとして殺人などの罪に問われた三橋歌織被告(33)に対し、東京地裁の河本雅也裁判長は28日、懲役15年(求刑懲役20年)の判決を言い渡した。裁判長は「殺害時や遺棄した時の行動は被告の意思や判断に基づいて行われていた」と認め、完全な責任能力があったと判断した。

http://www.asahi.com/national/update/0428/TKY200804280042.html

 まるっきり逆の判決になりました。量刑もかなり重いです。この事件では、検察官が申請した鑑定人の鑑定でさえ心神喪失でした。精神医学の素人である裁判官が、複数の鑑定人の意見を押しのけ、しかも「心神喪失ではない」とする専門家意見さえない中で、独自に責任能力を肯定していますが、果たしてどれほどの説得力があるのでしょうか。もちろん、この事件は社会的にも強いインパクトがあったし、世間の注目を浴びました。また、被告人のいいわけもかなり唐突な感が否めませんでした。しかし、だからといって、専門家の判断を無視していいということにはならないし、裁判所が独自の見解をとるのなら、きっちりとした説明をするべきです。判決の原文に当たっていないので、これ以上の論評は控えますが、上記の最高裁判決とも整合しないような気がします。
 特に、今回は、被告人の責任能力を肯定する方向(つまり被告人を処罰する方向)で専門家意見を排斥しているものです。「疑わしきは被告人の利益に」というまったく基本的な刑事裁判の鉄則が、どうもおろそかにされているような気がしてなりません。
 「裁判員さん、裁判所は鑑定人の意見なんて聞かずに、普通の感覚で判決をしていいんですよ」という裁判所のメッセージが聞こえるようです。
 これから1年の間、こうした大衆迎合的な判決を嫌というほど目にしなければならないのでしょうか。
 だったら裁判員制度なんかいらないかもしれませんね。