なるしすのブログ

地方の弁護士の日常を,あれこれと書くつもりのブログです。

松本の高裁弁護団の失策

 実はこの弁護団(といっても実質2名)のうち1名は、よく知っている人なのですが、あえて厳しい意見を書いておきたいと思いました。
 精神病になっている被拘禁者に対して、拘置所(とくに東京拘置所)が冷たく、ろくな治療も施そうとしないことは、残念ながら、弁護士にとっては周知の事実といってよいことです。
 そして、裁判所もまた、拘置所のそうした姿勢に引きずられて、精神病を理由てして裁判の進行に配慮するという態度をとらないことも、また周知の事実といえるでしょう。
 このような事実を目の当たりにするなら、松本弁護団としては、やはり控訴趣意書は指定期限内に出すべきでありました。松本が精神病であるという主張は、控訴趣意書の中で論じればいいことです。そして、控訴審を開かせ、その中で、被告人の現在の精神状態について、争って(公判停止など)いく道をとるべきだったのではないでしょうか。
 弁護団は、「松本と意思疎通ができない以上、控訴趣意書が書けない」と主張するのでしょう。ですが、1審で膨大な議論がなされており、1審弁護団も無罪を主張していたのですから、高裁弁護団としても、記録を検討した上で、無罪方向で控訴趣意書を書くことは十分に可能だったと思います。そうした手段をとらず、控訴趣意書を意図的に提出しないという方法をとったのは、やはり裁判所を甘く見ていたといわれてもしかたないのではないでしょうか。
 もちろん、裁判所の訴訟指揮が正しかったというつもりもありません。松本が上記のとおり、精神病であることが明らかであることからすれば、裁判所も、もっと慎重な方法をとるべきでした。つまり、高裁弁護団が、遅ればせながら趣意書を提出したその段階で、やはりそれを受理してやってもよかったのではないかと思うのです。
 ただ、高裁がそれを受理しないという可能性を、高裁弁護団が見誤ったという点だけは、やはり弁護団の失策と言わざるを得ないでしょう。
 最高裁が高裁の決定にお墨付きを与えるのも、いまの最高裁の構成からすれば、まったく明らかでした。
 刑事司法が絶望的だというのは、ここで繰り返し述べている通りですが、その絶望の頂点が最高裁なのですから。口の悪い弁護士は、「最低裁」だと評して憚らないくらいなのです。
 その最低裁にわずかでも抵抗しようと思うのなら、控訴趣意書不提出という、もっとも切り捨てられやすい手法をとるのではなく、堂々と正論を展開して、松本の能力問題と裁判(死刑判決)の中身の問題で、正面から戦いを挑んでいくべきだったと思うのです。
 弁護団のこの失策によって、松本裁判は実にあっけない幕切れを迎えました。
 弁護団の汚点は、裁判史上に長く記録されることになるでしょう。実に残念な結論だったと思います。