なるしすのブログ

地方の弁護士の日常を,あれこれと書くつもりのブログです。

今日の読書〜いわゆる永山基準について

 極端に暑くもなく、もちろん、寒くもなく、つゆのあいまのちょうどいい季節になってきました。
 こんなとき、アウトドア派の人たちはこぞって外に飛び出すのでしょうが、ぼくにとってはなかなかいい読書日和。

それでも彼を死刑にしますか―網走からペルーへ 永山則夫の遙かなる旅

それでも彼を死刑にしますか―網走からペルーへ 永山則夫の遙かなる旅

 永山則夫の事件というのは、ぼくらの世代よりは一つや二つ前に起きた事件です。それでも死刑執行が1997年ということで、それほど前のことではないのですね。なんだかそのときの記憶がはっきりしません。
 この本は、永山則夫のもとの弁護人が書いたもの。これを読む限りは、事実認定の部分でもっと争えたのではないかということや、精神的な成熟度という点からの責任能力の争いかたももっと工夫があってもよかったのではないかという気がしないではないです。ですが、弁護人は、永山則夫と正面からぶつかり、触れ合うことで、血の通った弁護活動をしてきたことがよくわかります。彼の死後も、彼の遺志を継いでペルーの恵まれない子供たちのための活動を続けていることなど、とても普通の弁護人ではできないようなことをやり抜いているおられます。まったく頭がさがる思いです。
 それにしても、永山則夫の事情を知れば知るほど、になぜ死刑が宣告され、執行されなければならなかったのかというのは強く疑問に思われるし、いわゆる「永山基準」とういうものが独り歩きしている危険な状況というのには著者と同様につよい危機感を感じずにはおられません。
 最近の若い法曹は(とか書くと一気に年寄り臭いけど)、「永山基準」というのは最高裁判例でしか読んだことがない人がほとんどでしょう。永山基準を暗記したり、それを使っていろんな事件にあてはめていくことは、トレーニングとしてはありうることかもしれないけれど、なぜ最高裁がこのタイミングでこういう判決を出したのか、破棄される前の東京高裁はなぜ一審を破棄して無期懲役を言い渡したのか、そういう事情を知ったうえで、永山基準を語って欲しいですね。
 永山事件については、まだまだ読みたい本がいくつかあります。永山自身が書いたものよりも、なぜか周辺のところから読みたい気持ちになっています。
【人と思考の軌跡】永山則夫---ある表現者の使命 (河出ブックス)

【人と思考の軌跡】永山則夫---ある表現者の使命 (河出ブックス)

死刑の基準―「永山裁判」が遺したもの

死刑の基準―「永山裁判」が遺したもの