なるしすのブログ

地方の弁護士の日常を,あれこれと書くつもりのブログです。

 匿名の刑事訴訟で守るべきもの

 佐賀県内の男性高校教諭が教え子の女子高生にみだらな行為をしたとして、児童福祉法違反(淫行させる行為)の罪に問われている事件で、佐賀地裁が被害生徒の特定を避けるためとして被告の教諭の氏名などを伏せて裁判を進めると決めたことが分かった。教諭は「性行為はしていない」と無罪を主張しており、弁護側は「事実関係が明確にならず、尋問や弁論で被告の防御ができなくなる」と反発している。

 決定は21日付。伏せるのは、教諭と被害者の氏名、勤務先の学校名、職員や他の生徒の氏名、犯行の起きた年など。いずれも、被害者の特定につながる情報とみなし、検察官や弁護人らが審理で触れないようにする。

 家庭内の事件で被害者の特定を避けて被告の名字を伏せた例などはあるが、完全に氏名が伏せられるのは異例という。最高裁最高検は「統計などは取っていないが、そのような事例は把握していない」としている。

 教諭は、佐賀県内で教え子2人にみだらな行為をしたとして、2件の児童福祉法違反の罪で起訴された。これまで県警と地検は教諭の氏名を明かさず、地検は氏名を伏せた審理を地裁に要求していた。「特定を避けるため教諭の氏名を明かさないでほしいと、被害者から強い要請があった」と説明している。

 弁護側は立証の妨げになるとして、公判前整理手続きで匿名での審理に反対してきたが退けられた。初公判は3月3日の予定。

 田島泰彦・上智大教授(情報メディア法)は「被害者保護の目的は大切だが、隠す範囲が広すぎ、目的から離れている」と指摘。田淵浩二・九州大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「国民が監視するために裁判は公開されているのに、誰が裁かれているのかわからないのは不適当」と話している。

http://www.asahi.com/national/update/0127/SEB201101260057.html

 裁判所は、被害者の保護に熱心なようだけれども、そもそもこの教諭は無罪を主張しているわけで、女子生徒が「被害者」なのかどうかはわからない。もちろん、本当に被害者であったとすれば、被害者のプライバシーを守るため、一定の事項を秘匿することは認められるだろう。
 けれども、無罪を主張している事件で裁判所がそこまで「被害者」に異例の配慮を示すということは、被告人にとっては、裁判所が最初から予断を持っているように映るだろう。もし、教諭が本当に無罪であったとすれば、「被害者」は教諭を陥れた当の本人ということになる。
 「被害者」の言うことが正しいのか、それとも被告人の言うことが正しいのか、それを判断するのが裁判所だ。それには彼らの尋問が欠かせない。まったく匿名の無色透明な世界に置いてしまって、「被害者」を無菌室のような環境で尋問して、そこから得られるものは証拠としての輝きを有するのだろうか。