なるしすのブログ

地方の弁護士の日常を,あれこれと書くつもりのブログです。

師匠の入院

 師匠の弁護士が入院した。
 「師匠」といっても、実際に師弟関係があるわけではない。ボス弁とイソ弁、同じ事務所や派閥の先輩と後輩のように、実際に師弟関係にある弁護士もいる。でも彼とぼくの関係はそういうリアルな師弟関係ではない。ただぼくが心の中で慕っているだけだ。
 彼は、非常に個性の強い一匹狼的な弁護士だったが、不思議と皆に愛されていた。ぼくがまだ若手と呼ばれていたころ(いまもそのつもりだが)、彼はときどき、ぼくに声をかけてくれ、難しい事件をいっしょに取り組んだりした。彼は、「若い人と一緒に仕事をするのは刺激になる」と言っていたけれど、もちろん多くのことを教わるのはぼくのほうだ。
 彼から教わったもっとも印象的なことは、裁判に勝つということは、裁判官を説得するという作業だということだ。ともすれば、弁護士は、依頼人の話を熱心に聴くあまり、依頼人のいうことばかりを重視して、依頼人と一緒になって相手方を非難する作業に熱中してしまいがちだ。彼はそうではない。依頼人をどこか突き放しているところがある。彼が考えているのは、どのように論理を組み立てれば、裁判官を説得することができるかどうかということで、「裁判官は、この事件をどのように見ているのだろう」とか、「裁判官からすれば、どのような証拠が不足していると思うだろうか」という質問を、よくぼくに投げかけた。実際、そういうキャッチボールをしながら彼が作った書面は、駆け出しのぼくが作る書面とは雲泥の差があった。
 彼はまた、刑務所問題などにも強い関心があった。国を相手に自分が裁判を起こして、そして勝った。ぼくが同じような興味を持つに至ったのも、きっと彼の存在によるところが大きいのだと思う。
 ぼくは女性がいる店で飲むのは苦手なほうだが、彼は違った。そうした店ではしゃぐのも好きなようだった。個性的でアクが強い反面、そうしたキャラクタは誰からも愛された。
 あるとき、そんな彼から、目に見えて覇気がなくなっていった。「気力がもたなくなった」と彼は言った。「俺はいま、鬱病で通院しているんだ」とも言っていた。それでも、ふだんどおり仕事はしていたし、自分で病気のことをしゃべってネタにするくらいだから、きっと大したことはないんだろう、誰もがそう思った。
 そんな彼の姿を最後に見たのは、いまから1カ月くらい前のことだった。その後、用事があって事務所に電話したが、来客中ということで話はできなった。でも、来客があるくらいだから、仕事もこなしているのだろう、そう思った。
 でも、どうやらそうではなかったようだ。彼が、昨日、入院したと聞いた。しばらく事務所も閉めるらしい。退院が1カ月後になるのか2カ月後になるのか、それも分からないという。
 ゆっくり休んでほしいと思う。休み疲れてまた仕事をしたくなる日が来てほしい、とも思う。
 彼がある裁判官と酒を飲んだ際、うちの弁護士会で一番の期待の若手だ、とぼくのことを持ち上げていた、とその裁判官から聞いたことがある。あれからもう数年が過ぎたが、彼の期待に応えているとはとても思えない。もういちど、一緒に仕事をし、議論をし、酒を飲みたいと痛切に思う。彼から学ばなければならないことは、まだ山のようにある。
 どこの病院に入院しているのかも分からないが、むしろ、そっとしておくほうがいいのかもしれない。
 ゆっくり休んで、また、あのはにかんだような笑顔をみせて欲しい。