なるしすのブログ

地方の弁護士の日常を,あれこれと書くつもりのブログです。

 萩原昌三郎「無罪判決か免訴判決か」判例タイムズ1127号47頁所収

 札幌で昭和59年に発生した小学生殺人事件について、札幌地裁、札幌高裁は、殺人罪で起訴された被告人に無罪を言い渡した。
これらの判決は、被告人が黙秘をしているため、動機の解明が困難であり、また、実行行為の特定も困難であることを理由としている。しかし、著者は、黙秘権を行使した結果、弁解・説明の機会を失し、そのことで裁判官の心証に変化が生じるとしても、そのことは被告人が甘受すべきであるという。完全黙秘をしている事案では、事実認定は概括的で足り、一部の事実が不明であっても、そのことで合理的疑いが残ることにはならない、と主張している。
 たしかに、本件の判決を見る限りは、被告人が事件に関与した疑いが濃厚であって、にもかかわらず、無罪を言い渡しているのは、素朴な法感情からは納得できないであろう。著者は、そのような感情は、刑事法の観点からも肯定できるものとしているのであって、参考になる。
 なお、殺人罪で有罪が認定できなくても、傷害致死の可能性が残る。傷害致死は公訴時効が到来しているので、裁判所としては無罪ではなく、免訴とすべきであったとも説く。この論文のタイトルはそのことを意味している。この.は、一般の人には分かりにくいかもしれないが、免訴とは、中身に入らずに、起訴を門前払いすることである。被害者サイドからすれば、なるほど、被告人に積極的に無罪が言い渡されるよりは、免訴の判断が出るほうがいいのかもしれない。