伊坂幸太郎の「まなざし」と仙台の街について
温かいような寒いようなそんな毎日が,当地でも続いています。明日は県境を越えたところにある刑務所を見学に行く予定ですが,ひょっとすると雪が降るかもしれないと,テレビの気象予報士がしゃべっています。
もうすぐ春がくるという季節には,なぜだか急に伊坂幸太郎の小説を読みたくなります。
伊坂幸太郎といえば,その小説の多くが仙台を舞台にしていることで知られています。伊坂幸太郎の書く物語には,放火犯や銀行強盗といった「犯罪をする側」の人間がたびたび登場しますが,彼らが犯罪をしてまで守ろうとしたとてつもなく大切ものが,たしかにこの世の中に存在するのだということを,ぼくらは痛感させられることになります。伊坂幸太郎の作品が,たんなるエンターテインメントとしてのクライムノベルや,通俗的なミステリとも一線を画しているように感じられるのは,きっと,彼の持つ「まなざし」の優しさに由来するのだろうと,ぼくは思います。
そして,伊坂幸太郎のその優しい「まなざし」の中には,いつも仙台の街が存在しています。伊坂幸太郎が愛して止まない仙台の街を,ぼくたちは伊坂幸太郎の目を通して知ることになります。伊坂幸太郎の描く仙台の街は,もちろん東北随一の都会であり,華やかさや洗練された文化も持っているけれども,やはりどこか地方都市ならではの寂しさもあって,そこに暮らす大勢の人たちも,それぞれに愛すべき人がいる一方で孤独を抱えながら生きていているような,そうした日常が妙にリアルに感じられます。仙台は東北地方にあるから気温は低いが,太平洋沿いなので雪は少ない。コインの表があれば必ず裏があるように,人の心にも愛と憎しみが同居していて,ときとしてそれが「犯罪をする側」とされる側の逆転現象をもたらす――だからこそ,伊坂幸太郎の作品は仙台を抜きにしては語れないように思うのです。
たとえば,村上春樹の書く小説にも,原宿や六本木,新宿や名古屋といった地名はごく普通に登場するのだけれども,それでは「原宿」を「代官山」に,「名古屋」を「大阪」に置き換えると小説自体がなり立たないのかといえば,決してそんなことはないような気がします。こんなことを書くと,ハルキストからは叱られそうだけど,村上春樹の描く小説の舞台は,必ずしもそこに登場する地名と密接不可分に結びついているものではないと思われます。村上春樹の小説のほとんどが多言語に訳され,広く世界で愛されているというのも,きっと,村上春樹が描く世界観そのものが,日本という土地を離れても成り立ちうるからに違いない。
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だからぼくは,仙台の人たちが羨ましい。そんなふうに一人の作家に強く愛され,作品の舞台となっている街は,仙台以外には見当たらないと思うから。
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